uzocotrip

フィンランドから鎌倉へ。暮らし、旅、映画にまつわる日々のメモ

58. 憧れの映画の舞台、キューバを肌で感じてみて

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映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『ダンシング・ハバナ』を見てからずっと憧れの国だった念願のキューバと、南米好きの夫・ぽんちゃんがずっと行きたがっていた絶景グランセノーテを見に、メキシコのカンクンに行ってきました。
 
夜のハバナで聴いたキューバ音楽、遠出したトリニダーのかわいらしい町並み、キューバ大自然で馬乗り、搾りたてのさとうきびジュース、滝で泳いだこと、個性溢れるカーサ。キューバはこれまでにわたしが行ったどこの国とも似ていない、独特な空気と懐かしい素朴な人間らしさが感じられる心惹かれる国でした。
 

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メキシコのカンクンでは、カリブ海の陽気な気候に誘われて、お日さまをいっぱい浴びて、シュノーケルやダイビングを満喫。マヤ文明も、メキシコのジャングルも、カメと一緒に泳いだことも、わたしにとって初体験だらけの道中でずっとわくわくしていたけど、旅のいちばんの思い出はキューバで出会った、キューバの人たちでした。
 
酔っぱらいのおじいさんに「アミーゴ」と水を差し出す売店のお兄さんがいたり、バスに靴を忘れたぽんちゃんのために、宿のおじさんがあちこちに電話をかけてくれたり、田舎町で安いレストランを探していたら知り合いのお店まで案内してくれて地元プライスにしてくれるよう頼んでくれる人がいたり(キューバは観光客とキューバ人が使う通貨が異なり、同じものを買ってもずいぶん物価が違うんです)、客引きの人たちでさえ不快な態度をとられることがなく、ごくあたり前のように素朴な助け合いが根づいている国なんだなぁと感じました。
 
すこしスペイン語を話せるぽんちゃんは、今まで旅したどこのスペイン語圏の国よりも、キューバの人たちがスペイン語を話せることを喜んでくれたと感動していました。
 
とはいえラテンの国、「ポリスマン」と言ってタクシーの助手席に途中で相乗りしてきた人、たしかにポリスマンの格好だけど明らかに運転手の友だち風だし、ポリスマンなのにシートベルトしてないよ!と突っ込みたくなることも。笑
長距離バスでは、こんな場所にバス停あるのか?と思うような、ごく一軒家の前で停まったかと思えば、運転手さん、バスを降りてお友達とおしゃべりして、お昼ごはんをゲットしていました。笑
バスの運転手さんの気ままさは、メキシコでもよくある話のようです。
 
こんなのどかな日常風景を見ていると、何一つ不自由なく機械的にパーフェクトに物ごとがすすむことだけが、良いわけじゃないなとしみじみ感じます。つっこみどころもあって、わしゃわしゃしながら助け合いやっていく方がよっぽど人間らしくて、気持ちいい。
 
そんなことを、改めて感じさせてくれたキューバ&メキシコの旅でした。

57. 『ドリーム』109シネマズ湘南

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アメリカに出張中の彼が、飛行機で見た『ドリーム』という映画がものすごく良かったと知らせてくれたので、先日わたしも近くの劇場に見に行ってきました。
 
じつは彼に聞くまでタイトルすら知らなかった本作ですが、インターネットで調べてみると、 3人の黒人女性の夢と決意あふれる眼差しのビジュアルがとても印象的。アメリカのNASAのお話で、実話がもとになっているところにも興味をもちました。
 
舞台は、60年代初期のアメリカ。ソ連との冷戦のまっただなかに宇宙開発競争を繰り広げている時代。 まだ、人種差別が色濃くのこっているアメリカのNASAで、差別や冷遇にめげずに、夢へのチャンスを伺いながら働き続ける黒人女性数学者たちがいました。
 
幼い頃からずば抜けた数学力で天才少女といわれ育った秀才のキャサリン、技術部に転属が決まりエンジニアを夢みるメアリー、同僚の黒人女性たち全員のキャリアを見守るリーダー的存在のドロシー。それぞれ家庭をもつ妻であり母である彼女たちが、自分自身の夢のため、そして黒人女性の権利のために立ち上がるーーー。
 
 
始まりから終わりまで、3人の主人公たちがばつぐんにかっこいい!
傷つき、怒っても、自分たちの主張をはっきりと言葉にする姿は、同じ女性としてもとっても憧れます。ひとつひとつの台詞に筋が通っていて、あたたかく響くものがあり、脚本がすばらしいと思いました。
 
当時は白人と有色人種で、仕事の建物も別、トイレも別、図書館も学校もバスも別。職場では、コーヒーポットまでも。人種差別のことはあまりよく知らないけれど、この世の中にはまだ名残があるのかなと想像すると、いたたまれない気持ちになりました。
 
でも、それ以上に、この映画で描かれている女性たちのダイナミックなパワーや、差別の時代に彼女たちをサポートした人物らに敬意でいっぱい!
 
NASAで歴史を塗り替えた女性たちの、純粋に仕事を楽しむ姿や、夢を諦めない意志の強さをまぶしくかっこよく描いた本作は、人種差別の背景を越えて、すべての働く女性や夢みる人たちに希望を与えてくれるのでは。
 
たくさんの人に見てほしい作品です。

56. おふくろの味

だれかと一緒に暮らしていると、
ごはんは作ってる?どんな料理つくるの?
と聞かれることがよくあります。
 
そんなとき、家事のなかで料理だけは好きなので、 ごはんはいつも家で作るのですが、 ”どんな料理”をどう答えたらよいのか、いつも返事に困ってしまいます。
 
よく作るのは
唐揚げ
鶏肉のトマト煮込み
ラタトゥイユ
ニース風サラダ
にくじゃが
煮魚、焼き魚
ポテサラ
スパイスのカレー
キャロットラペ
しょうが焼き 
ポタージュ
 
エルブ・ド・プロヴァンスという南仏のハーブが大好きなので、 どんな料理にもハーブをたっぷり。 和食も、フレンチも、アジアンも、ごっちゃまぜにしていつも食卓にならんでます。どれもこれも、実家でよく親が作ってくれたものです。
 
だけど、フランスの家庭料理などと人にいうと、 たいてい反応にも困られるので、「和食とか」とあいまいに答えることが多いです。
 
それで、この間、ママに「うちの料理って何料理?」ときいてみたら、
びっくりするほどあっさり、
「うちのごはんよ。おふくろの味。」という返事がかえってきました。
 
お ふ く ろ の 味!
 
その一言で、ずっと引っかかっていたものが すとんと腑に落ちました。
 
お客さんがくるときも、 とりわけ、こじゃれたものは作らないし、 盛りつけをおしゃれにこだわったりもしません。
肩ひじはった料理は、つくる方も、もてなされる方も、ちょびっと疲れてしまうから。
 
インターネットでレシピを調べたり、
料理本を見るのもたのしいけれど、
やっぱりたどりつくのは、いちばんホッと落ち着くのは、いつもの味。
こどものころから食べてきた、わたしにとっておいしいお家のごはん。
 
おふくろの味を、もっともっと、おいしく作れるようになりたいな。
なんて、食欲が高まる秋の深まりはじめた季節に思うのでした。

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55. 『三度目の殺人』TOHOシネマズ上大岡

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先週末に公開したばかりの是枝裕和監督の最新作を、さっそく観に行ってきました。
ふだんはあまりサスペンスを見ないわたしも、大好きな是枝さんの作品は、ただの推理ドラマに終わらない、もっと深い何かが描かれているはず!と期待を込めて、鑑賞。
 
本作も、俳優陣に、脚本に、とっても素晴らしかったです。
ヴェネチア映画祭では賞をとりませんでしたが、見る人に考える余地をのこして、まるで観客を試しているかのような作品、個人的にはすごく好きでした。
 
あらすじは、2度目の強盗殺人罪で死刑勧告を受けている容疑者の三隅(役所広司)をどうにか減刑させようと、敏腕弁護士の重盛(福山雅治)が容疑者との面会を重ね、裁判の戦略をねっていく法廷サスペンス。
 
裁判は、真実を明らかにする場ではなく、利害を調整する場として、あくまでも戦略重視で仕事をすすめてきた重盛だが、犯行の動機を探っていくうちに、会うたびに言うことや態度をころころと変える三住に、次第に翻弄されていく。
 
三隅は誰かを守っているのか、誰かを裁こうとしているのか、本当は罪を犯していないのか、あるいは、空っぽの”器”なのかーーー。
 
 
役所広司のド迫力、圧巻!!!
 
役所さん演じる三隅を見ているうちに、どの三隅も”真実”のように思えてきてしまって、重盛と同じように、わたしもどつぼにはまってしまいました。
 
「見て見ぬふりをしたくないから」
「ここ(法廷)では、だれも本当のことを言わない」
 
心に刺さる言葉がぽつぽつ。
きっとこれは法廷にかぎったことではなくて、
わたしたちの日常が問いかけられているようで、
見終わってからも映画の余韻で頭がぐるぐるしていました。

54. 『ブランカとギター弾き』シネスイッチ銀座

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春くらいに劇場の予告編で、女の子が盲目のおじさんのギターにあわせて歌っている映像をみて、女の子とおじさんのほっこり心温まる旅ものがたりだろうと思って、ほんの甘い気持ちで映画館へ。 
 
映画祭のワールドシネマ部門とかで上映されそうな、エキゾチックな映像と音楽なのに、監督が日本人というのも気になっていました。
 
舞台はフィリピン・マニラのスラム街。
身寄りのないブランカは、他のスラムの子どもたちと同様に、観光客や大人たちからお金を盗んでは、食べものをもとめて、街をふらつき回る日々。拾ってきた布切れやガラクタで作った小さなおうちを寝床に、母親のいる生活を夢見ている。
 
ある日テレビで、女優が孤児を養子にしたというニュースを目にして、ブランカは、大人が子どもをお金で買えるなら、子どもだって”親”をお金で買えるはず!と思いつき、「母親買います!」という広告を街中に貼ってまわる。そんななか、盲目のギター弾きピーターと出会う。
 
はじめは、目の見えないのをいいことにピーターのお金を盗もうとしたブランカだが、ブランカを責め立てることもなく、どこまでもおだやかなピーターのやさしさに触れ、2人は一緒に母親探しの旅に出るーーー。
 
 
10歳にもならない、小さな子どもたちが、生きるために盗みやひったくりを当たり前にしているスラムの界隈。それはもうほとんどゲーム感覚のようで、ほんのいたずらのように悪いことをして暮している子どもたち。他に生きる術のない彼らの、彼らなりの必死な生き抜き方を目の当たりにして、胸がぎゅうっとなりました。
 
ほんの少し離れた場所では、同じ年頃の子どもたちが母親に手を繋がれていて、子どもらしい日々を送っているのに。
 
フィクションだけれど、この映画の世界はフィクションじゃない。スクリーンに映し出された映像は、現実にある世界だと思えば思うほど、切なく、悲しいものでした。
 
ゴミの山に生きる子どもたちの無邪気な笑顔や、
きらきらした瞳が忘れられません。